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環境負荷の低い塗料開発を目指して ― 水性塗料の塗膜形成を分子レベルでシミュレーション ―




発表のポイント

- 水性塗料に用いられる高分子の溶媒中での凝集挙動を分子レベルで可視化し、溶媒組成と高分子形態の関係を体系的に明らかにしました。
- 水と有機溶剤の二成分系では、相分離が高分子の局所凝集を誘発すること、また溶媒蒸発過程では高分子-溶媒相互作用の強さが凝集の進行を左右することを示しました。
- 本研究で得られた高分子分散性・塗膜形成に関する知見は、塗料設計の指針となり、環境負荷の少ない水性塗料の開発に貢献することが期待されます。

[画像1: https://prcdn.freetls.fastly.net/release_image/7223/385/7223-385-55020b89835aae176318bd777d9f2994-1366x1124.png?width=536&quality=85%2C75&format=jpeg&auto=webp&fit=bounds&bg-color=fff ]
高分子の溶媒中・溶媒除去中の凝集の分子動力学シミュレーション

概要

東京大学大学院工学系研究科の佐藤 龍平 助教、澁田 靖 教授らと、日本ペイント株式会社の川上 晋也 研究員らによる研究グループは、水性塗料の主要構成成分である高分子が、水と有機溶剤の混合環境でどのように凝集し、溶媒蒸発に伴いどのように構造変化するのかを体系的に明らかにしました。
本研究では、分子動力学シミュレーション(注1)により、高分子の運動を計算機上で追跡し、水系・有機系およびその混合溶媒中での高分子の分散・凝集挙動を直接的に観察しました。有機溶剤の濃度や高分子-溶媒相互作用の強さを系統的に変化させることで、塗膜形成の初期段階における溶媒の役割を詳細に解析しました。
得られた成果は、水性塗料の塗膜形成初期段階における分散安定性・凝集挙動の理解に直結しており、高分子-溶媒系の設計を分子レベルで最適化するための指針となるものです。
なお、本成果は 2025年12月12日(現地時間)に米国化学会誌「ACS Omega」に掲載されました。

発表内容

塗料業界では現在も有機溶剤を用いた塗料が多く使用されていますが、地球環境への配慮や安全性の観点から水性塗料への移行が進み、年々その需要が増加しています。水性塗料では、原料となる高分子を溶媒中に微細に分散させ、溶媒が蒸発する過程で高分子同士が絡み合って強固な塗膜を形成します。しかし、水に溶けにくい高分子が多いことから、分散の安定化には依然として有機溶剤が必要であり、その最適化が大きな課題となっています。

本研究では、分子動力学シミュレーションにより、高分子の運動を計算機上で直接追跡し、水系・有機系・混合溶媒系の各環境における高分子の分散・凝集挙動を比較解析しました。特に、仮想的に高分子-溶媒間の相互作用の強さを変化させることで、有機溶剤が高分子鎖の形態(コイル化や凝集)に与える影響を体系的に明らかにしました(図1)。その結果、相互作用が弱い場合には高分子が凝集しやすく、強い場合には分散が安定に保たれることが分かりました。
[画像2: https://prcdn.freetls.fastly.net/release_image/7223/385/7223-385-e38989ec66991296e6b615d3e4a1d4fa-1515x892.png?width=536&quality=85%2C75&format=jpeg&auto=webp&fit=bounds&bg-color=fff ]
図1:単一溶媒中の高分子の分散と溶媒除去後の様子

さらに、水と有機溶剤の混合系では、有機溶剤が水中で相分離し小さな有機リッチ領域を形成することで、高分子がその領域に局所的に集まる様子が確認されました(図2)。また、有機溶剤の割合が低い場合には高分子が狭い空間に閉じ込められることで凝集が進みやすいこと、溶媒蒸発過程では溶媒-高分子の相互作用の強さが塗膜形成の進行度に影響することも明らかになりました。

これらの知見は、水性塗料の塗膜形成初期段階における分散安定性・凝集機構の理解に直結するものであり、高分子-溶媒系の分子レベルでの設計に役立つ指針を提供します。本研究は、水性化による環境負荷低減に向けた塗料設計の高度化に貢献することが期待されます。

本研究は、東京大学と日本ペイントホールディングス株式会社との産学協創協定に基づき設置された社会連携講座「革新的コーティング技術の創生」(代表教員:脇原 徹)の共同研究テーマとして実施されました。

[画像3: https://prcdn.freetls.fastly.net/release_image/7223/385/7223-385-7d1b442509a3290c0a1343abe0185b46-1188x1318.png?width=536&quality=85%2C75&format=jpeg&auto=webp&fit=bounds&bg-color=fff ]
図2:水・有機溶剤混合液中の高分子の分散・凝集の様子及び高分子分散の有機溶剤濃度依存性

関連のプレスリリース
「高分子材料の強度と構造の関係を解明 ―分子動力学シミュレーションと数理科学的手法を融合した新規塗料開発―」(2024/12/5)https://www.t.u-tokyo.ac.jp/press/pr2024-12-05-002

「画期的に長持ちする塗膜開発を目指して ―スーパーコンピュータを駆使した新規塗材探索―」
(2024/1/17) https://www.t.u-tokyo.ac.jp/press/pr2024-01-17-003

発表者・研究者等情報           
東京大学
大学院工学系研究科 マテリアル工学専攻
佐藤 龍平 助教
澁田 靖 教授
一木 隆範 教授
兼:川崎市産業振興財団ナノ医療イノベーションセンター研究統括

先端科学技術研究センター 高機能材料分野
江島 広貴 教授

日本ペイント株式会社 技術統括本部
川上 晋也 研究員(開発部 商品開発グループ)
雲林院 崇宏 研究員(開発部 商品開発グループリーダー)
佐藤 弘一 研究員(副本部長 兼 開発部長)

論文情報
雑誌名:ACS Omega
題名:Molecular Dynamics Study of Polymer Coiling in a Water−Organic Binary Solvent System
著者名:Shinya Kawakami, Ryuhei Sato*, Hirotaka Ejima, Takahiro Ujii, Koichi Sato, Takanori Ichiki, Yasushi Shibuta
DOI:10.1021/acsomega.5c05389
URL:https://doi.org/10.1021/acsomega.5c05389

用語解説
(注1)分子動力学シミュレーション
材料を構成している原子の運動について、運動方程式を解くことによりその軌跡を追跡する計算手法。各原子に作用する力および初期位置・速度が分かれば、各時間のすべての原子の位置および速度が一意に決定される。

問合せ先
<研究内容について>
東京大学大学院工学系研究科 マテリアル工学専攻
助教 佐藤 龍平(さとう りゅうへい)
Tel:03-5841-7119 E-mail:r-sato@g.ecc.u-tokyo.ac.jp

東京大学大学院工学系研究科 マテリアル工学専攻
教授 澁田 靖(しぶた やすし)
Tel:03-5841-7118 E-mail:shibuta@material.t.u-tokyo.ac.jp
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