枠組みは前進するも、慎重な戦略:ASEAN外相会議と南シナ海を巡る競争の制度化(1)【中国問題グローバル研究所】
[26/08/10]
提供元:株式会社フィスコ
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注目トピックス 経済総合
*16:13JST 枠組みは前進するも、慎重な戦略:ASEAN外相会議と南シナ海を巡る競争の制度化(1)【中国問題グローバル研究所】
◇以下、中国問題グローバル研究所のホームページでも配信している(※1)陳建甫博士の考察を2回に渡ってお届けする。
※この論考は7月27日の< Mechanisms Advance, Strategy Stays Restrained: ASEAN’s Manila Meeting and the Institutionalisation of South China Sea Competition>(※2)の翻訳です。
ASEANが海洋協力メカニズムを強化する一方で、中国は海上での圧力を強め続けている。日本はフィリピンの対応力と持久力を強化しつつ、ASEANの自主性に沿った形で地域関与を続ける必要がある。
第59回ASEAN外相会議を巡る最も重要な動きは、マニラの会議場の外で起きた。ASEANの外相たちが国際法、航行の自由、南シナ海の行動規範について議論する中、セカンド・トーマス礁では中国とフィリピンの要員が衝突し、中国の海警局船がスカボロー礁付近でフィリピン船に放水砲を使用した。この2つの状況から見えてくるのは、外交が制度化しつつある一方で、海上での威圧行為はますます執拗になっているという、地域海洋政治の新たな実態だ。ASEANの議題に真に新しいものはほとんどなかった。その意義はむしろ、通常の共同声明から、交渉手続き、海洋制度、実務協力へと歩みを進めた点にある。
声明から海洋制度づくりへ
その最も明らかな例が行動規範の交渉だ。共同声明では、国連海洋法条約(UNCLOS)などの国際法に合致した具体的で実効性のある合意を求め、2026年中に交渉を妥結させる目標を掲げた。ASEANはまた、交渉プロセスを信頼醸成や予防措置、事故・誤解・誤算を減らすための実践的な措置と結びつけた。期限を設けずに早期完了を目指すのではなく、期限を明示する形に転換したことで、政治的・実務的圧力が生じる。とはいえ今後の合意設計には、地理的適用範囲、法的拘束力、紛争解決手続き、非係争国による軍事活動の取り扱い、違反に対する措置など、重要な問題が残されている。文書が完成しただけでは行動を実効的に制限することにはならない。議長国フィリピンの外交的成果は海洋秩序の確立ではなく、手続きを加速させたことにある。
より持続的な変化は、行動規範策定プロセスの周辺に見い出せるかもしれない。ASEAN各国の外相は、ASEAN機関同士の技術協力、情報共有、研究、能力構築を支援するため、フィリピンにASEAN海洋センターを設立する計画を承認した。共同声明ではまた、ASEAN沿岸警備隊フォーラムの構想文書と活動範囲策定が完了したことを歓迎し、同フォーラムをASEAN高級実務者会合の下部機関として組み入れることを提案した。フォーラムの当初の任務は、合同訓練、捜索救助、海洋汚染への対応、人道支援、越境犯罪に対する協力で構成される。こうした取り決めは共同宣言ほど注目されないが、海洋協力を日常的な公務に組み込むことになる。沿岸警備隊、海事機関、文民当局者の間で繰り返し連絡を取り合うことで、公式の外交声明だけでは難しい連携を常態化できる可能性がある。
ルールを交渉しながらも海上での現実を作り変える中国
マニラでの会合における中国政府の振る舞いは、制度的アプローチの限界を露呈した。中国の王毅外相は、フィリピンのマリア・テレサ・ラザロ外相に対し、二国間関係は「岐路」に立っていると述べ、フィリピン政府が「正しく合理的な」選択をするよう求めた。王毅はまた、フィリピンの軍や警察の一部が外部勢力からの指示を受けて対立を引き起こしていると非難した。このやり取りは、セカンド・トーマス礁での衝突を受けたものだ。フィリピン政府は中国海警局員がフィリピン人船員を木製の警棒で殴ったと主張し、一方の中国政府はフィリピンの船員が先に手を出し、中国船に体当たりしてきたと非難した。衝突はスカボロー礁付近でさらに激化し、放水や至近距離での操船が行われ、中国側はフィリピン船に対して「管制措置」を講じたと主張した。
中国のやり方は、制度への参加と現場での威圧を組み合わせたものだ。中国政府は、行動規範の交渉に参加し、信頼構築に賛同し、外交ルートの維持を図る一方で、中国海警局を自由に行動させている。地域交渉に参加すれば対外的なイメージ悪化を抑えられ、中国がASEAN主導の外交に公然と反対しているようには見えない。そして海上で圧力をかけ続ければ、最終的なルールが法的または政治的な効力を持つ前に、現場環境を変えられる。中国はルールの交渉を進めつつ、それらのルールが機能する条件を書き換えようとしている。
フィリピンは耐え続けられるのか
フィリピン政府にとって大きな問題は、争う意思よりも持久力にある。フィリピンは2016年の仲裁判断によって法的権利を得ている上、米国と防衛協力を結び、日本やオーストラリアといった海洋大国との安全保障協力も拡大させている。これらが有利に働いて国外からの支持が高まり、中国側の行動も注視されている。しかし、物的格差は依然として顕著だ。中国は沿岸警備隊をより大規模に展開し、艦船の交代頻度を高めることで、フィリピンの補給、哨戒、漁業保護任務にかかる維持費増額を強いることができる。外交的な正当性だけでは、船舶の修理、監視態勢の維持、海上での任務継続を実現できない。
フィリピンが耐えられるかどうかは、整備能力、兵站、通信、海洋状況の把握、人員運用、そして政権交代に影響されない政策の継続性に左右される。ASEANの枠組みはフィリピン政府の外交的正当性を強化することはできても、放水攻撃を阻止したり、補給任務を維持したりはできない。同盟国の関与は事態の悪化に伴う代償を引き上げることはできても、フィリピンの現場能力を代替することはできない。戦略上の勝負は積み重なっていくものだ。中国政府は一度の対決でフィリピンを打ち負かす必要はない。小規模な圧力をかけ続けることで資源を枯渇させ、制度に負荷をかけ、政治的分断を露呈させればよい。
「枠組みは前進するも、慎重な戦略:ASEAN外相会議と南シナ海を巡る競争の制度化(2)【中国問題グローバル研究所】」に続く。
フィリピンで開催されたASEAN外相会議(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)
(※1)https://grici.or.jp/
(※2)https://grici.or.jp/7451
<CS>
◇以下、中国問題グローバル研究所のホームページでも配信している(※1)陳建甫博士の考察を2回に渡ってお届けする。
※この論考は7月27日の< Mechanisms Advance, Strategy Stays Restrained: ASEAN’s Manila Meeting and the Institutionalisation of South China Sea Competition>(※2)の翻訳です。
ASEANが海洋協力メカニズムを強化する一方で、中国は海上での圧力を強め続けている。日本はフィリピンの対応力と持久力を強化しつつ、ASEANの自主性に沿った形で地域関与を続ける必要がある。
第59回ASEAN外相会議を巡る最も重要な動きは、マニラの会議場の外で起きた。ASEANの外相たちが国際法、航行の自由、南シナ海の行動規範について議論する中、セカンド・トーマス礁では中国とフィリピンの要員が衝突し、中国の海警局船がスカボロー礁付近でフィリピン船に放水砲を使用した。この2つの状況から見えてくるのは、外交が制度化しつつある一方で、海上での威圧行為はますます執拗になっているという、地域海洋政治の新たな実態だ。ASEANの議題に真に新しいものはほとんどなかった。その意義はむしろ、通常の共同声明から、交渉手続き、海洋制度、実務協力へと歩みを進めた点にある。
声明から海洋制度づくりへ
その最も明らかな例が行動規範の交渉だ。共同声明では、国連海洋法条約(UNCLOS)などの国際法に合致した具体的で実効性のある合意を求め、2026年中に交渉を妥結させる目標を掲げた。ASEANはまた、交渉プロセスを信頼醸成や予防措置、事故・誤解・誤算を減らすための実践的な措置と結びつけた。期限を設けずに早期完了を目指すのではなく、期限を明示する形に転換したことで、政治的・実務的圧力が生じる。とはいえ今後の合意設計には、地理的適用範囲、法的拘束力、紛争解決手続き、非係争国による軍事活動の取り扱い、違反に対する措置など、重要な問題が残されている。文書が完成しただけでは行動を実効的に制限することにはならない。議長国フィリピンの外交的成果は海洋秩序の確立ではなく、手続きを加速させたことにある。
より持続的な変化は、行動規範策定プロセスの周辺に見い出せるかもしれない。ASEAN各国の外相は、ASEAN機関同士の技術協力、情報共有、研究、能力構築を支援するため、フィリピンにASEAN海洋センターを設立する計画を承認した。共同声明ではまた、ASEAN沿岸警備隊フォーラムの構想文書と活動範囲策定が完了したことを歓迎し、同フォーラムをASEAN高級実務者会合の下部機関として組み入れることを提案した。フォーラムの当初の任務は、合同訓練、捜索救助、海洋汚染への対応、人道支援、越境犯罪に対する協力で構成される。こうした取り決めは共同宣言ほど注目されないが、海洋協力を日常的な公務に組み込むことになる。沿岸警備隊、海事機関、文民当局者の間で繰り返し連絡を取り合うことで、公式の外交声明だけでは難しい連携を常態化できる可能性がある。
ルールを交渉しながらも海上での現実を作り変える中国
マニラでの会合における中国政府の振る舞いは、制度的アプローチの限界を露呈した。中国の王毅外相は、フィリピンのマリア・テレサ・ラザロ外相に対し、二国間関係は「岐路」に立っていると述べ、フィリピン政府が「正しく合理的な」選択をするよう求めた。王毅はまた、フィリピンの軍や警察の一部が外部勢力からの指示を受けて対立を引き起こしていると非難した。このやり取りは、セカンド・トーマス礁での衝突を受けたものだ。フィリピン政府は中国海警局員がフィリピン人船員を木製の警棒で殴ったと主張し、一方の中国政府はフィリピンの船員が先に手を出し、中国船に体当たりしてきたと非難した。衝突はスカボロー礁付近でさらに激化し、放水や至近距離での操船が行われ、中国側はフィリピン船に対して「管制措置」を講じたと主張した。
中国のやり方は、制度への参加と現場での威圧を組み合わせたものだ。中国政府は、行動規範の交渉に参加し、信頼構築に賛同し、外交ルートの維持を図る一方で、中国海警局を自由に行動させている。地域交渉に参加すれば対外的なイメージ悪化を抑えられ、中国がASEAN主導の外交に公然と反対しているようには見えない。そして海上で圧力をかけ続ければ、最終的なルールが法的または政治的な効力を持つ前に、現場環境を変えられる。中国はルールの交渉を進めつつ、それらのルールが機能する条件を書き換えようとしている。
フィリピンは耐え続けられるのか
フィリピン政府にとって大きな問題は、争う意思よりも持久力にある。フィリピンは2016年の仲裁判断によって法的権利を得ている上、米国と防衛協力を結び、日本やオーストラリアといった海洋大国との安全保障協力も拡大させている。これらが有利に働いて国外からの支持が高まり、中国側の行動も注視されている。しかし、物的格差は依然として顕著だ。中国は沿岸警備隊をより大規模に展開し、艦船の交代頻度を高めることで、フィリピンの補給、哨戒、漁業保護任務にかかる維持費増額を強いることができる。外交的な正当性だけでは、船舶の修理、監視態勢の維持、海上での任務継続を実現できない。
フィリピンが耐えられるかどうかは、整備能力、兵站、通信、海洋状況の把握、人員運用、そして政権交代に影響されない政策の継続性に左右される。ASEANの枠組みはフィリピン政府の外交的正当性を強化することはできても、放水攻撃を阻止したり、補給任務を維持したりはできない。同盟国の関与は事態の悪化に伴う代償を引き上げることはできても、フィリピンの現場能力を代替することはできない。戦略上の勝負は積み重なっていくものだ。中国政府は一度の対決でフィリピンを打ち負かす必要はない。小規模な圧力をかけ続けることで資源を枯渇させ、制度に負荷をかけ、政治的分断を露呈させればよい。
「枠組みは前進するも、慎重な戦略:ASEAN外相会議と南シナ海を巡る競争の制度化(2)【中国問題グローバル研究所】」に続く。
フィリピンで開催されたASEAN外相会議(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)
(※1)https://grici.or.jp/
(※2)https://grici.or.jp/7451
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